AIが問題を解くようになったら、人間は何をするのか

たまたまYouTubeを見ていて、人間の能力と、AIに代替される領域についての議論を目にした。

人間の能力は、大きく分けると、

  1. 問題を見つけること
  2. 問題を解決すること
  3. 調整し、判断し、責任を持つこと

の3つに分けられる、という話だった。

なるほど、と思った。

特に、今の自分の仕事を振り返ると、かなり当てはまる気がした。

私は今、AIを使いながらソフトウェアを開発している。

以前なら、設計し、調べ、コードを書き、テストし、修正するところまで、人間がかなりの部分を担っていた。

ところが今は、その多くをAIが自律的に進めてくれる。

私は途中で方向を修正したり、判断したりするくらいで、実際の作業そのものはAIがやっていることが多い。

正直なところ、「問題を解決する能力」だけを比べれば、すでにAIの方が優秀なのではないか、と感じる場面もある。

しかも、この能力はこれからさらに伸びていくだろう。

では、人間には何が残るのだろう。

そこで、少し考えた。

たとえば、AIを使って新しい仕組みを作ろうとしたとする。

技術的にはAIがかなりのところまでやってくれる。

でも、

「このAIサービスを会社で使いたいので、アカウント取得の稟議を起票します」

とか、

「この仕組みを次のプロジェクトで使ってみませんか」

とか、

「上司に説明して、予算を取って、関係者に納得してもらいます」

みたいなことは、今のところAIはやってくれない。

少なくとも、主体的にはやってくれない。

もちろん、稟議書の文章を作ることはできる。

説明資料も作れる。

メール文面も書ける。

会議のアジェンダだって作れる。

でも、

誰に先に話すか。

どのタイミングで話すか。

どこまで強く押すか。

相手が不安そうなら、どこで譲るか。

誰に味方になってもらうか。

そして最後に、

「これをやります」

と決めて、その結果を引き受けること。

そこには、まだ人間がいる。

これは単に、AIに身体がないから、という話だけではない気がする。

会社や社会は、人間同士の信用や関係、権限や責任の上にできている。

だからAIがどれだけ賢くなっても、

現実の中で何かを起こすには、その世界の当事者が必要になる。

そんな気がした。

私は以前、

「AI時代には、ゼロ・イチを人間が考え、イチ・百をAIに任せるようになるのではないか」

と考えていた。

でも最近は、それすら少し違うかもしれないと思っている。

ゼロ・イチのアイデアだって、AIはかなり出せる。

人間が思いつかなかった組み合わせを提示することもある。

だとすれば、人間に残るのは「アイデアを思いつくこと」だけではない。

もっと重要なのは、

そのアイデアのうち、何を本当にやるのかを選ぶこと。

そして、

現実に変えるために行動すること。

なのかもしれない。

「これをやろう」と決める。

上司を説得する。

仲間を集める。

予算を取る。

反対意見と向き合う。

失敗したら説明する。

必要なら謝る。

それでも続けるのか、やめるのかを決める。

考えてみれば、こういうことは全部、

「問題解決能力」

とは少し違う。

意思と責任の領域なのだと思う。

AIが問題発見や問題解決で人間を超えていくほど、人間の価値は、むしろこちら側へ移っていくのかもしれない。

つまり、

AI時代の人間の仕事は、問題を解くことから、何を現実にするかを選び、その実現に責任を持つことへ移っていく。

そう考えると、AIに仕事を奪われるかどうか、という問いも少し違って見えてくる。

AIと競争して、もっと速くコードを書く。

もっと大量に資料を作る。

もっと早く問題を解く。

そこだけで勝負しようとすれば、たぶん人間はかなり厳しい。

でも、AIが出した答えを使って、

「では、何を実際にやるのか」

を決めること。

現実の人間関係や組織の中で、少しずつ前へ進めること。

そこには、まだ人間の仕事がかなり残っている。

少なくとも、今のところは。

もちろん、そのうちAIにも身体がつくかもしれない。

自分で会議室へ行き、上司に説明し、稟議を通し、同僚を説得するAIが現れる可能性もある。

そうなったら、また人間の役割は変わるのだろう。

でも、まあ。

その頃には私は、たぶん引退している(笑)。

それまでは、

AIに答えを出してもらいながら、人間は現実を動かす。

そんな役割分担で、しばらくやっていけるのかもしれない。

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