本題から逸れた話の中に、本題がある

何かを考えていると、よく話が横道に逸れる。

仕事の話をしていたはずなのに、人生の話になる。

AIの話をしていたはずなのに、昔の仕事を思い出す。

ブログを作っていたはずなのに、「人間にとって専門性とは何だろう」という話になる。

以前なら、

「話を戻そう」

と思っていた。

最近は、むしろ逆なのではないかと思い始めた。

その横道の中に、自分が本当に考えたかったことが隠れていることがある。

世の中では、

これを勉強しなさい。

この資格が重要だ。

この仕事を覚えなさい。

このスキルを身につけなさい。

と、たくさんの「重要なこと」を教えられる。

実際、それらはその時々では重要なのだと思う。

でも長く生きていると、その多くが古くなったり、必要なくなったりする。

一生懸命覚えた技術が使われなくなる。

当たり前だと思っていた仕事のやり方が変わる。

価値があると思っていた専門性が、テクノロジーによって簡単に置き換えられる。

だとすると、それらは本当に「人生で重要なもの」だったのだろうか。

最近は、少し違うように感じている。

個々の技術や仕事は、人生の本質そのものではない。

それらを経験することによって、

何を面白いと思ったのか。

何に違和感を持ったのか。

なぜ失敗したのか。

次はどう考えたのか。

何を手放したのか。

そういうものの中から、少しずつ自分なりの思考の枠組みができていく。

つまり、その時々で「重要」とされたものは、

「人生の本質そのものではなく、本質へ近づくための材料だった」

のかもしれない。

そう考えると、横道も悪くない。

むしろ予定通り進んでいるときより、思いがけない方向へ話が逸れたときの方が、自分でも知らなかった考えに出会えることがある。

このブログも、そんな場所にしたい。

何かを教えるためのメディアというより、

考えている途中で、偶然見つけたものを置いておく場所。

あとから振り返ったときに、

「あのときは横道だと思っていたけれど、実はあれが本題だった」

と思えるものが残っていたら、それで十分だと思っている。

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